磯俣秋男総領事(大使) 離任のご挨拶(2021年9月7日)

2021/9/10

    今般、2年8ヶ月の上海での勤務を終えるに当たり、私が当地で目指し取り組んだこと、今後の日中関係への私の思いなどを述べさせていただきます。
 
【当地で目指し取り組んだこと】
    今回の上海での勤務は、1990年代末に北京で勤務して以来、約20年ぶりの中国勤務でした。上海に来て強く感じたことを敢えて一つだけ申し上げれば、当たり前の事実ではありますが、上海、そしてその周辺を含む華東地域が日中交流の主要舞台であり、最前線であるということです。このことは、例えば、中国に居住する日本人の約半分、進出日系企業の拠点の7割強がこの地域に集中しているという事実のみをもってしても明らかです。しかし、私が当地に着任して感じたのは、そういう現実を単に追認することではなく、むしろ日中関係におけるそうした上海及び華東地域の優位性がなお十分に活用されていないのではないかという問題意識でした。私は、この優位性を活用しつつ両国関係を更に前に進めるためにできることは何かと考え、私なりの目標を立て、総領事館の同僚の協力を得て、種々の取組を進めてきました。
 
    私の立てた目標の中には、例えば、日本の対中投資が既に成熟した段階に達している中で、経済交流の一層の強化に向けて、総領事館が「触媒」的役割を果たす形で日中企業間の質の高いパートナーシップ構築を支援するというものがあります。これについては、長江デルタ地域に所在する日中企業間の恒常的な交流プラットフォームとしての「蘇州官民対話」の枠組み設置と4半期毎の会合開催、上海交通大学と合同でのイノベーション協力に関する産官学対話「日中企業イノベーション協力フォーラム」の設立と毎年2回の会合開催、両国が共に高齢化問題に直面する中で介護産業分野での企業間連携を支援すべく華東地域各都市での介護産業座談会の巡回開催等の取組を行ってきました。また例えば、未来志向の両国関係推進に向けて、日本に関心を持つ中国の若い世代の裾野を広げるという目標を立て、各地の大学、高校等で幅広い専攻科目の学生を対象にした講演会の開催や、中国の学生が各自の適性に合った日本留学先の選択肢を広げられるよう、漫画・アニメ、美容、ファッション、デザイン等の日本の専門学校を紹介するための定期イベントの立上げを行いました。
 
    これらは勿論日中双方の多くの人々の協力があってこそ実現できたことであり、こうした総領事館の取組に強い支持と多大な協力を惜しむことなく与えて頂いた関係者の皆様に対し、この場を借りて心からお礼申し上げます。また、当然ながら総領事館としても私自身ができることは僅かであり、多くの館員の献身的な努力が積み重ねられて曲がりなりにも実現に至ったものばかりです。この場を借りて、総領事館の同僚にも感謝を表明したいと思います。これらの取組はいずれも緒に就いたばかりであり、これから更なる努力をもって継続していくことにより、具体的な果実がもたらされることが期待されるものでもあります。今後の事業展開を総領事館の同僚諸氏と私の後任者に委ねつつ、皆様方の引き続いてのご支持とご協力をお願い申し上げます。
 
【今後の日中関係への思い】
    上海を去るに当たり、ここで私の今後の日中関係への思いを述べさせて頂ければと思います。先月の東京オリンピックの卓球種目では日中両国の選手がメダルを競い合いましたが、試合を見て私は50年前の1971年、私の故郷である愛知県名古屋市で開催された世界卓球選手権を想起しました。当時日本と中国との間に国交はありませんでしたが、この国際スポーツ・イベントに中国は選手団を派遣しました。それをきっかけに米中間では交流が始まり、「ピンポン外交」とも言われましたが、翌年日本と中国は国交を正常化しました。その時私はまだ10歳で国交正常化の意義はよく理解できていませんでしたが、父親が熱心に新聞記事を読んで中国のことについて話してくれ、私自身も子供ながらに中国という国に何がしかの関心を持った当時のことをよく覚えています。その時は、自分が将来中国に関わる仕事をしたり、ましてや中国に留学したり、中国で仕事をしたりすることなど思いもよりませんでした。しかし、その後高校生になって漢文の授業で中国の古典を勉強した際、その奥深さや、日本語で中国の古文を解読するという不思議な体験に強く惹かれたこともあり、振り返ればやはり中国と何らかの縁があったのかもしれません。
 
    国交正常化交渉の当時、中国との関係について日本の国内では様々な異なる意見もありましたが、両国は体制の違いを乗り越えて、隣国としてまた自国の将来のために、互いに協力していく道を選びました。それから50年、半世紀が経とうとしています。この50年、日中関係は必ずしも常に安定した発展軌道を歩んできたわけではありませんが、日本として、中国との間で長期安定的で互恵的な関係を目指していくとの目標は些かも変わっていません。中国は改革開放政策の下で目覚ましい発展を遂げ、国際社会も様々な変動を経ながらグローバル化やデジタル化が進み、他方で複雑性・不確実性を増しています。そのような中で、世界で第二、第三の経済大国でもある両国は、種々の懸案について適切な解決策を見出しつつ、今や二国間関係の発展のみならず、国際社会が直面する課題の解決に貢献する責任を共に果たしていくことを目指すべき時に来ています。新型コロナが社会全体にもたらした大きな変動に対応していく上では、この「世界の中の日中関係」の視点から、互いに国際社会の課題に責任ある対応を取りつつ、協力可能な分野を広く模索し、可能な協力を着実に進めていくことが益々必要になっていると考えます。
 
    私は、日中両国の先人が先見性と強い決意と知恵を持って国交正常化を成し遂げたように、両国の国民が、相互の理解と信頼の下で、今後の日中関係のあるべき姿を見据えて正しい方向に向かって共に歩みを進めていくことは可能であると信じています。そして、そのために日中交流の主要舞台であり最前線である上海及び華東地域が果たせる役割には、先に述べたとおり非常に大きなものがあると思います。私が日本の総領事として今回貢献できたことは極く僅かですが、上海を離れて新たな任務に就いても、日本の外交に携わる者として、また一人の日本人として、引き続き日中関係の行方を見守り、微力ながらも可能な貢献を続けていきたいと考えます。そういう意味で、私の日中関係の旅はこれからも続いていきます。またいずれかの時に、いずれかの地で、皆様とお会いできれば幸いです。誠にありがとうございました。

 


(動画)



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