赤松総領事・大使の離任レセプション 赤松大使ご挨拶
令和6年8月22日
ご列席の皆様、こんばんは。
本日は、お暑い中、また、ご多忙にもかかわらず、私の離任レセプションにご出席賜りまして、誠にありがとうございます。
このたび丸3年に及ぶ在上海日本国総領事・大使としての任務を終え、今月30日に帰国することとなりました。この3年を振り返ると、私自身が必要と考えることを、より必要性の高いものから、常に職を賭して、全力で取り組んできたつもりです。その際、本日ご出席いただいている皆様を始め、本当に多くの皆様から、公私にわたって様々なご支援を賜りましたことを、ただただありがたく感じております。心より感謝申し上げます。
私の在任中のおよそ三分の二近くの期間は、新型コロナウイルス対策のための様々な制約の下にありました。中でも、2022年春の新型コロナウイルスの感染拡大に伴う上海ロックダウンは、上海に暮らす誰にとっても辛く厳しい経験でした。4万人近い上海在住の在留邦人の皆様に対する生活面での支援に加え、世界最大の会員数を擁する上海日本商工クラブと緊密に連携しながら、経済活動への厳しい制約によって日系企業が直面していた窮状を中国当局に訴える書簡を発出するなどの活動を次々に行いました。この書簡については、国籍を問わず、幅広く多くの皆様から共感とご支持を頂けたようで、在任中で最も印象深い出来事の一つでした。日系企業や在留邦人の皆様が中国人コミュニティと一体となって未曽有の困難を乗り越えてきたことは、上海における日中両国民の間の相互信頼関係を増幅することに繋がったように感じています。
日中関係に目を転じますと、日中両国は、2022年、国交正常化50周年という大きな節目を迎えました。コロナ禍においてしばしば日程の再調整を余儀なくされながらも、上海日本商工クラブの理事長を始めとする関係者の皆様と共に、周恩来総理の故郷である淮安市や鑑真和上とゆかりの深い揚州市その他への訪問を次々と実現することが出来ました。また、50周年を記念するためのいくつもの行事を様々な工夫を凝らしながら実現出来たことは、日中関係にとって大きな収穫であったと思います。中でも、当館と上海日本商工クラブ共催の日中国交正常化50周年祝賀行事については、イベント開催の絶対条件として会場への入場者数を100名以下に限定するようにとの上海市当局との協議結果を踏まえ、一回に100名ずつ、一日に4回、同じ行事を連続して開催したことを感慨深く思い出します。日中双方の関係者の皆様の多大なご支援に、改めて感謝申し上げます。
また、昨年は日中平和友好条約締結45周年、及び、中国の改革開放45周年という記念すべき年でした。1978年、日中平和友好条約の締結に際し、当時の鄧小平国務院副総理が中国の国家指導者として初めて訪日し、帰国後に、日本の経済発展モデルを範として改革開放政策を開始しました。日本政府も、1979年12月から2022年3月までの間、全世界から中国が受け取った政府開発援助(ODA)のうちの約4割を供与するなど、一貫してトップドナーとして人材育成をはじめ様々な分野で積極的な支援を展開してきました。その後、急速な経済発展を遂げた中国は、2010年には世界第二の経済大国となりましたが、近年は日本と共通する様々な課題にも直面しています。昨年11月にサンフランシスコで行われた日中首脳会談では、両国首脳は、戦略的互恵関係を包括的に推進していくことを再確認するとともに、新しい時代の要求に相応しい、建設的かつ安定的な日中関係を構築していくとの共通認識を確認しました。また、グリーン経済や高齢化対策、青少年交流の分野等で具体的な協力を推進して行くことについても一致をみました。
私自身も、当館が所掌する上海市、江蘇省、浙江省、安徽省及び江西省の各地を精力的に訪問し、各地方政府指導者との間で、両国首脳の共通認識を踏まえ、具体的な協力を進めて行くことで意見の一致をみました。そして、日中双方の多くの関係者の皆様の多大なご支持とご協力を得て、これまでに様々な日中企業間の産業協力や交流事業を実現出来ましたことを大変心強く感じています。
また、華東地域各地に自主的に組織されている日本商工クラブ又は日本人会の活動を支援して参りましたが、その一環として、これまでに10か所の日本商工クラブ又は日本人会が主催するゴルフコンペに総領事杯を寄贈させて頂きました。それぞれの地域に駐在する日系企業の皆様が企業や業種の枠を超えて交流が進むことは有意義ですし、私自身も可能な限り参加させて頂きました。日本人学校を始めとする在留邦人の安全確保と日系企業支援は、総領事館の最も重要な任務として、最優先で取り組んで参りましたが、6月24日に蘇州市で日本人親子が刺傷し、凶行を止めようとした胡友平さんがお亡くなりになられた事件が発生したことは、返す返すも残念でなりません。亡くなられた胡友平さんのご冥福をお祈りいたします。
さて、1972年の国交正常化以来、日中関係は常に順風満帆だったというわけではありませんが、両国の貿易総額は約120倍に増加し、人的往来はコロナ禍前の2019年には1200万人を超える規模となるなど、今や両国は切っても切れない関係にあると言えます。1972年の日中共同声明の前文に記された、「日中両国間には社会制度の相違があるにもかかわらず、両国は、平和友好関係を樹立すべきであり、また、樹立することが可能である」との一文を想起し、当時の両国の共通認識に立ち戻ると同時に、両国間の二千年来の友好往来の歴史や共通する文化基盤、国交正常化を成し遂げた先達の智慧と経験を拠り所として、将来世代のために、建設的かつ安定的な日中関係を構築していくことが我々世代の責務であると感じています。
歴史上、我々の暮らす華東地域は、日中関係の最前線の舞台として重要な役割を果たしてきました。現在も当館の所管する1市4省、すなわち上海市、江蘇省、浙江省、安徽省及び江西省には、5万人を超える在留邦人と2万超の日系企業の拠点が所在しています。この地域のGDPは、既に世界第4位の日本や第3位のドイツを上回り、その経済規模は着実に伸長しています。華東地域における人々の生活は、物質的な豊かさを追求する時代から、安心・安全・快適さという生活の質の向上を追求する時代へと移行しつつあり、日本的なものに対するニーズや期待が高まっているように感じます。今後は、日中共通の課題である少子高齢化対策や地球温暖化対策など、新しい分野の協力・交流をより深化させることが求められています。引き続き華東地域は、こうした国民交流・経済交流の最前線の舞台であり続けるものと思います。
コロナが収束した今、何よりも人と人との間の交流を拡大させて行くことが重要です。上海を中心とする華東地域は日本から近く、交流の歴史も長く深く、経済的・文化的・社会的にも最も日中間の交流活動を進めやすい条件に恵まれたところだと思います。日本では、来年4月から大阪・関西万国博覧会も開催されます。華東地域と日本との間で人的交流を再活性化させて行くことで、中国全土にも交流の輪が広がっていくのではないかと期待しています。日中それぞれの国内では相手国を警戒する声をしばしば耳にしますが、「百聞は一見に如かず」です。是非、相手国を訪問し、現状を等身大に評価して頂けるようになることを願っています。
私の着任以来、機会ある毎に申し上げてきたことですが、日中両国は一衣帯水の永遠の隣国であり、歴史的、地理的、文化的、経済的その他あらゆる面で相互に密接な関係にあります。私が一貫して堅く信奉してきたのは、世々代々にわたる両国間の良好な国民交流こそが双方の利益となり、世界の平和と安定及び繁栄の基礎になるとの信念です。在上海総領事として、未来に向かって、日中間の国民交流・経済交流をより骨太で不可逆的な流れにして行くことに微力を尽くしてきたつもりですが、まだまだ道半ばにあります。必ずや私の後任者や皆様のお力で、こうした流れが今後更に力強いうねりとなって受け継がれて行くものと期待しています。
なお、私の後任となる岡田勝総領事は、私とは30年以上にわたって苦楽を共にしてきた盟友です。また、天皇陛下の通訳を担当した経験もあるほどに中国語が堪能な中国専門家です。来月19日には上海に着任予定ですので、楽しみにしていてください。
最後に、上海在勤中に皆様から公私にわたって頂戴したご厚誼に改めて深く感謝申し上げます。また、この場をお借りして、これまで常に私を全力でサポートしてくれた総領事館の同僚の皆様にも心からの感謝を申し上げたいと思います。今後、日中間の人的往来が更に活発になり、日中関係が更に発展することを祈念しまして、離任に際しての私からの挨拶とさせて頂きます。
ありがとうございました。