日本国国旗

在上海日本国総領事館

Consulate-General of Japan in Shanghai

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「都市文化の中の日本の記憶」を開催しました!

  11月10日,『上海の日本文化地図』の著者であり,上海における日本人社会の研究をされている上海社会科学院・陳祖恩先生をお招きし,現在も面影の残る近代上海の日本人街の様子や当時の日中交流等についてご講演いただきました。
 
 
  「東洋のパリ」。ご存知のとおり,1843年に開港し,英国,米国,フランス人が居住するようになった近代上海は,東洋にありつつ西洋の文化も薫る国際都市でした。その国際都市・上海には,日本人の居住する日本人街もありました。
 
  一部の国を除き外国との貿易を禁止していた当時の日本が,中国との貿易を検討して,上海港を訪れたのが1862年。それから程なくして,7名の日本人が上海に移住し,徐々に移住する日本人が増えていきました。
 
会場には上海出身の方が多く,熱心に耳を傾けられていました。
 
  ピーク時の1943年には,なんと10万人を超える日本人が上海に住んでいたと言われています。現在も上海には多くの日本人が住んでいますが,10万人には満たないとされています。当時の日本人にとって,上海は査証無しで行ける最も近い外国でした。
 
  そんな当時の日本人は,呉淞路や北虹口辺りに暮らしていました。現在も一部の建物は残っていますが,当時は学校,企業から病院,書店,劇場まで,日本人の生活に関わるあらゆる施設が立ち並んでいました。当然,この「日本人街」は,岸田吟香や内山書店,李香蘭など,当時の日中交流の中心地でした。
 
 
ご講演後は大勢の方から質問が続きました
 
  経済発展の進む上海において,当時の建造物や街並みは少しずつ壊されていますが,今も残っているものもあります。皆さんもお時間のあるときに,上海の街を歩きながら,あちこちに残る日本との歴史を探してみてください。
 
  近代上海には,谷崎潤一郎や横光利一など多くの日本人小説家も訪れており,これまで当館でも小説を通した講演会を実施してきましたが,今回は実際の歴史,土地を切り口としてご紹介しました。陳先生,ありがとうございました!